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神戸地方裁判所 昭和59年(わ)145号 判決 1984年7月19日

裁判所書記官

木本勲

本籍

神戸市中央区再渡筋町一番地の三五

住居

同市同区山本通五丁目一〇番七号・エメラ東洋マンション六階

会社役員

進藤弘

大正一二年八月四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官岡本誠二出席のうえ審理して次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年二月及び罰金二六〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、神戸市中央区中山手通六丁目六番七号において、東洋工芸社の名称で宝石貴金属の加工卸業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て

第一  昭和五五年分の実際の所得金額が一億一四万六六五一円(別紙甲の1、2、3、4、5、6及び7参照)で、これに対する所得税額が五七一九万二〇〇円であるのに、売上の一部を除外して仮名の定期預金等にするなどの不正の行為により所得の一部を秘匿したうえ、同五六年三月一六日、神戸市中央区中山手通三丁目七番三一号所在の所轄神戸税務署において、同税務署長に対し、同五五年分の所得金額が一八六三万八七〇円で、これに対する所得税額が五七六万九四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の所得税五、一四二万八〇〇円を免れ

第二  同五六年分の実際の所得金額が九八三二万八九三二円(別紙乙の1、2、3、4、5、6及び7参照)で、これに対する所得税額が五五九五万三八〇〇円であるのに、前同様の不正の行為により所得の一部を秘匿したうえ、同五七年三月一五日、前記神戸税務署において、同税務署長に対し、同五六年分の所得金額が二一九七万三九八四円で、これに対する所得税額が七三八万一五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の所得税四八五七万二三〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書及び収税官吏に対する昭和五七年九月三日付、同月二四日付、同年一〇月一九日付、同年一一月二日付、同月二六日付、同年一二月一三日付、同月一六日付、同月二四日付、同五八年一月一一日付、同月一三日付、同月一七日付、同年二月四日付、同年三月一一日付、同月二二日付、同年四月九日付、同月二六日付及び同年五月一三日付各質問てん末書

一  荒木節夫(六通)、本間八郎(四通)、石井文明、平石哲司、小林知宏(二通)、安藤良之介及び進藤正義の収官吏に対する各質問てん末書

一  収税官吏作成の同五七年一二月四日付、同月一〇日付、同五八年一月八日付(二通)、同月一〇日付、同月一八日付、同年二月一八日付、同年四月八日付、同月二六日付及び同年五月七日付各査察官調査書

判示第一の事実につき

一  被告人の収税官吏に対する同年二月一日付及同年三月二八日付各質問てん末書

一  神戸税務署長作成の証明書(五五年分の所得税の確定申告書のもの)

一  収税官吏作成の脱税額計算書(自昭和五五年一月一日至同年一二月三一日のもの)

判示第二の事実につき

一  神戸税務署長作成の証明書(五六年分の所得税の確定申告書のもの)

一  収税官吏作成の脱税額計算書(自昭和五六年一月一日至同年一二月三一日のもの)

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、昭和五六年法律五四号附則五条により同法による改正前の所得税法二三八条一項、所得税法一二〇条一項三号に、判示第二の所為は同法二三八条一項、一二〇条一項三号に各該当するので、いずれも懲役刑と罰金刑を併科することとし、情状により罰金額については免れた所得税額が五〇〇万円を超えるので、同法二三八条二項により罰金額はそれぞれ免れた所得税額に相当する金額以下とし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年二月及び罰金二六〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

本件は、昭和三八年ころから東洋工芸社の屋号で店舗を持ち、指輪、ネックレス及び真珠などの卸売りなどをしていた被告人が自己申告納税制度を利用し、その事業所得が昭和五五年分・一億一四万六六五一円、同五六年分・九八三二万八九三二円あるのに売上げの一部を除外して、同五五年分・一八六三万八七〇円、同五六年分・二一九七万三九八四円の所得税の確定申告をなしたにとどまり、右の二年間に合計一億五七八七万七二九円の事業所得を秘匿し、それに対する合計九九九九万三一〇〇円の所得税をほ脱したという事案であって、そのほ脱額は高額で、かつ、ほ脱率も極めて高いこと、自己申告納税制度においては、課税所得の算定などにあたり、納税者による合法的、非合法なあらゆる手段を使っての税負担の回避及び軽減をはかる機会が多いことから脱税が発覚したときには、単に国庫の受けた損失を補てんすれば足りるという財政収入確保のためだけの制裁にとどまらず、広く国民相互間の租税負担の公平を侵害するものとしての見地から、それなりの厳しい処罰が必要であること、そのため脱税が発覚したときには、ほ脱額以上の過大な金銭的負担(損失)を招くという危険意識を与えることにより納税倫理意識の一層の覚醒強化をはかり、国民相互間の租税負担に対する公平感が解消されないまでも緩和されなければならないと思われること、もっとも本来は、特に所得税が源泉徴収される国民の多数を占める給与所得者と事業法人及び個人自営業者間の不公平感の解消は、国税当局のいま一層の工夫と努力による事業法人及び個人自営業者らに対する徹底した収支の調査などによる監視でのほ脱防止に期待がかけられなければならない性格のものであること、被告人は、日常資金的に面倒をみてきていた特定の取引先に対する貸売り分について裏取引きをなし、正規の売上帳に記載せずに除外していたこと、貸売りの除外分についても一応、店側の納品書や領収証を発行してはいるものの、納品書や領収証の控は冊子から取りはずし、売上げ先き別に分けたうえ、用済み後にそれらを破棄していたこと、一現客に対する現金売上げ分も除外していたこと、かかることから仕入れをそのままにして決算資料を作成するとき売買利益が少なくなって、諸経費を差引くと多額の赤字が出ることが計数上明らかなことから、故意に仕入れを減らして売上げと仕入れとのバランスをとるなどしていたこと、被告人は宝石貴金属の業界には零細業者が多く、倒産による貸倒れも多いことから資金の蓄積を考えて過少申告をしたと弁解するけれども、各年度にそれぞれ貸倒れ金を認定し計上するなどの諸控除後においてすら、各判示掲示のとおりの過少申告であることからみても明らかな如く、被告人の右の弁解は過少申告についての理由にはならないものであること、その他犯行の計画性及び態様などの諸事実をあわせ考慮するとき、被告人の刑事責任は重大であるといわなければならない。

しかしながら、他方、被告人は本件取調べの過程において、当初は事実を否認するなどの態度をとったものの、結局は事実を自供しており、かつ、公判廷においてもその非を悟り、現在では修正申告をなしてその本税などを納付していること、経理の改善及び明朗化などを考えて法人組織に変更していること、その他被告人のために酌むべき一切の事情を考慮のうえ、主文掲記のとおり量刑し、懲役刑につき刑の執行を猶予することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 重村和男)

甲-1

脱税額計算書

期間

自 昭和55年1月1日

至 昭和55年12月31日

<省略>

甲-2

犯則税額の内訳

<省略>

甲-3

<省略>

甲-4 修正貸借対照表(総所得)

租税犯の類型

過少申告脱税犯

昭和55年12月31日現在

<省略>

甲-5 修正貸借対照表

租税犯の類型

過少申告脱税犯

昭和55年12月31日現在

<省略>

<省略>

乙-1

脱税額計算書

期間

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

<省略>

乙-2

犯則税額の内訳

<省略>

乙-3

<省略>

乙-4 修正貸借対照表(総所得)

昭和56年12月31日現在

<省略>

乙-5 修正貸借対照表

租税犯の類型

過少申告脱税犯

昭和56年12月31日現在

<省略>

<省略>

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